SPECIAL INTERVIEW

【長崎大学さまインタビュー】
命を守る最前線。
高度感染症研究センターをささえる除染技術

感染症と対峙する研究の最前線——。
長崎大学高度感染症研究センターに整備されたBSL-4(バイオセーフティレベル4)施設は、国内でもっとも高いレベルの安全基準と安全管理体制を整えた実験棟です。

西洋医学発祥の地である長崎大学が、BSL-4施設を除染するために従来の手法ではなく二酸化塩素ガス燻蒸を選んだ理由とは。バイオセーフティの役割や重要性をどのようにとらえているのか、イカリステリファームが同センター黒﨑陽平准教授に話を伺いました。

対談者

黒﨑 陽平先生

長崎大学
高度感染症研究センター
バイオリスク管理部門 准教授

大本 哲也

株式会社イカリステリファーム
常務取締役

坂井 利夫

株式会社イカリステリファーム
部長

バイオセーフティの重要性

大本イカリS

そもそも「バイオセーフティ」はなじみの薄い言葉だと思いますが、どういったことを指すのでしょうか。

黒﨑先生

難しい質問ですね。基本は、研究者が病原体に感染するのを防ぐ「実験者保護」、そして実験室内の病原体が外へ漏れるのを防ぐ「環境保護」の2点です。過去には不十分な管理で実験者が感染してしまった事例もあり、安全手順や施設管理の徹底は欠かせません。

大本イカリS

研究者を守ること、病原体を実験室の外に持ち出さないこと、この2つがバイオセーフティの基本ということですね。

黒﨑先生

そうですね。

坂井イカリS

長崎大学高度感染症研究センターはBSL(バイオセーフティレベル)が4の施設ですが、研究者を守るという観点から、レベルに関わらず重要となる施設の基礎や、研究者の所作の基本などはあるのでしょうか。

黒﨑先生

BSL(バイオセーフティレベル)とは、細菌・ウイルスなどを取り扱う実験の安全管理の度合いを示す分類で、病原体を封じ込めるための設備や運営体制により1~4に区分されています。取り扱う病原体の感染性や重症度、拡散時の公衆衛生への影響に応じて、安全対策が段階的に定められています。WHO(世界保健機関)は病原体そのものの危険度をリスクグループという別の用語で分類しています。

リスクが高い病原体ほど防護の層が厚くなるものの、どのレベルでも、目の前で病原体を扱う際の基本的な手順や感染予防対策の重要性は変わりません。

長崎大学にBSL-4施設ができた理由

大本イカリS

BSL-4施設が長崎大学に設置された経緯を教えてください。また、国立健康危機管理研究機構(以下感染研)※もBSL-4施設を有していますが、役割や違いはありますか。

※2025年4月、国立感染症研究所(NIID)と国立国際医療研究センター(NCGM)が統合

黒﨑先生

長崎大学にBSL-4施設が設置された背景には、本学が長年にわたり積み重ねてきた感染症研究の歴史があります。もともと熱帯医学研究所を中心に、感染症に関する基礎研究や臨床研究が積み重ねられてきました。

その流れの中で、2010年に当時の学長が施設設置の計画を正式に宣言しました。それ以前にもBSL-4施設の必要性について調査や検討は行われていましたが、具体的に計画を打ち出したのは長崎大学だった。感染症研究の積み重ねや研究基盤の強さが大きな理由です。

長崎大学

坂井イカリS

わが国で、長崎大学のBSL-4施設が果たす役割や感染研との違いはなんでしょうか。

黒﨑先生

感染研のBSL-4施設は行政検査機関であり、役割としては検査、診断が中心です。対して長崎大学は大学のBSL-4施設ですから、研究や教育、人材育成が主な役割です。

感染症の基礎研究を進める中で、ウイルス自体の性質や新しい診断法の開発、治療薬の開発につながるような研究成果を提示していくこと、さらに日本の感染症研究者、特に若手を育てていくということが大きな違いかなと思います。

長崎大学高度感染症研究センターとは

長崎大学高度感染症研究センターは2017年に設置された感染症共同研究拠点を前身としており(2022年4月から現名称)、2021年にはエボラウイルスなどの致死性の高い一種病原体を取り扱える実験棟を新設した。2025年には、国内最上位の安全管理レベルである「特定第一種病原体等所持施設(バイオセーフティレベル4施設)」として厚生労働省から指定を受けている。現在は、施設の本格稼働に向けて機能や安全の検証、必要な訓練、地域住民との対話を重ねている。

本センターは、全国の関連研究者による共同利用・共同研究の拠点としても認定されており、長崎大学の枠を超えてBSL-4施設の安全な整備・運用を推進し、感染症研究と人材育成を支える場として機能している。また、熱帯医学研究所や熱帯医学グローバルヘルス研究科のほか、海外研究拠点としてブラジル拠点やケニア拠点、ベトナム拠点もあり、各拠点と相互連携することで、国内外の感染症研究の基盤を整えている。

BSL-4施設内の様子

BSL-4施設の存在意義

大本イカリS

BSL-4施設が長崎大学にできたとき、国内外へのインパクトは大きかったのではないかと思います。反響はいかがでしたか。

黒﨑先生

やはり、研究機関は研究成果を出してはじめて反響があります。BSL-4施設の立ち上げ期間においては皆さんに「大変だね」と声をかけられたけれども、期待されるところは「どういうことに貢献するのか」だと思っています。

坂井イカリS

少し先走った質問かもしれませんが、最終的にどんな成果が出るのでしょうか。BSL-4施設でしかできない研究は、どのようなかたちで社会に役立ちますか。

黒﨑先生

研究機関の成果物は「学術論文」になります。BSL-4施設でしか扱えない病原体について基礎研究を行い、その成果を論文として世に出します。専門的な内容なので、一般の方には少しわかりにくいかもしれませんが、ここで得られた知見は、ウイルスの性質の解明や新しい診断法、治療薬の開発など、将来的には社会や医療に役立つかたちで生かされます。

大本イカリS

BSL-4施設の存在意義とは。また、日本でBSL-4に関わる研究を行う意義とはなんでしょうか。

黒﨑先生

人類、科学に対する貢献というのが(BSL-4施設の)大きな存在意義になると思いますが、そこからもう少し落とし込んで時間軸で考えてみましょう。

まず、過去のウイルスをよく知るということが大事です。このウイルスはなぜ感染性が高いのか。なぜヒトに対して病原性をもつのか。さらに自然界ではどういう振る舞いをしているのか。そういったウイルスの生態を知らないと次にはつながらない。

逆に将来的な話をすると、昨今のようなコロナパンデミック、次に起こりうる感染症もあります。性質のよくわからない病原体が出現した場合も国内最高レベルの安全管理体制をもつBSL-4施設で研究し、初期の知見を得た上で、どの安全レベルで扱うべきかを判断するためにも、BSL-4施設は必要なのではないかと思います。

安全管理基準を定めた「BSL(バイオセーフティレベル)」

感染症法では、病原体を感染性や致死性、セキュリティ上のリスクに応じて1~4種に分類し、所持や取扱いを規制している。BSLは、この病原体分類や実験内容に基づき実験室の安全管理レベルを1~4段階に分類するものである。数字が大きいほど封じ込め設備や運営体制が厳重となり、低リスク病原体はBSL-1やBSL-2、高リスク病原体はBSL-3やBSL-4での安全管理が求められる。

施設の管理について

大本イカリS

BSL-4施設の管理運営面で気を付けている点や苦労されている点を教えてください。

黒﨑先生

施設運営を担当する我々の部署がもっとも気を付けていることは、いろいろあるのですが、ワードとしては「説明責任」です。イカリステリファームさんにもとてもご協力いただいている部分です。

施設が正しく運用されていることを単にチェックするだけではなく、その状況を国や地域住民の皆様に対して責任をもって説明できるかどうかということが大事だと思います。説明できないということは、何かが足りていない。「ちゃんと動いていますよ」では足りていなくて、何が「ちゃんと」なのか適切に説明をする必要があります。

イカリステリファームさんのサービス提供後の報告事例でいえば「除染しました」というだけでは説明不足で、パフォーマンス指標を示して説明している。そこがほかの施設とは違うところかなと思います。

坂井イカリS

非常に重い言葉ですね。地域住民の皆様への気配りや配慮などもほかの施設とは異なる印象がありますが、いかがでしょうか。

黒﨑先生

おっしゃる通りです。あくまで一個人の意見としてお断りした上で言わせていただきますが、BSL-4施設として稼働していた施設は(感染研を除いて)それまで日本になく、取り扱うものも地域住民の皆様にとってはよくわからない存在だと思います。「どうしてうちの近所なの?」というご意見があることも承知しています。

当時の長崎大学学長が建設計画を表明した2010年から、地域からのさまざまなご意見もあり、理解を得るために時間と対話が必要でした。いまも高度感染症研究センターとして地域との連絡協議会を継続的に開催しています。

住民の皆様の希望は「我々地域住民が安心して暮らせるように安全に施設を運営してほしい」というものです。大事なのは情報を隠さないこと、例えば、何か問題が起こった際には迅速に情報公開し、今後の対応や予定についても説明する。そういった説明責任を果たすことが、地域との信頼関係につながると思います。

大本イカリS

地域との信頼関係で成り立っているということですね。

BSL施設における除染とは

病原微生物を取り扱う施設のうち、特にBSL-3以上の施設では、対象となる空間や機器に対してガスを用いた除染を実施し、病原微生物を殺滅します。この除染により、施設や設備の保守・点検を安全に行うことが可能となります。
近年、ホルムアルデヒドガスの発がん性が指摘されており、これに代わる除染方法の普及が進んでいます。

BSL-4施設の管理・運営

大本イカリS

BSL-4施設では除染が重要ですが、一般の方には「除染」と施設運営の関係がわかりにくいのではないかと思います。

黒﨑先生

はい、とても重要です。声を大にして言いたいです(笑)。

大本イカリS

私たちのグループ会社内でもその疑問をもつ者がいるくらいなので、一般の方からするともっと結びつかないのではないかと思います。「なぜこの施設が除染と関係があるのか?」という疑問をもつ方も多いです。BSL-4施設における除染の役割、手法について教えていただけますか。

黒﨑先生

施設の維持管理は、そこの研究施設、研究者だけでできるものではないんですね。さまざまな外部業者と協力して行います。その方々が常時実験室に入っているわけではなく、また、病原体の取扱いに詳しいとも限らないため、施設内に安全に入ってもらう上で、実験室や実験機器の除染が必要になります。

年に一度の大規模点検でも、まずは実験室の除染をした上で、外部業者が入ります。そういう意味でも除染は欠かせません。

大本イカリS

除染が確立できないと、とてもじゃないけれど施設を維持管理できない、と。

黒﨑先生

そういうことです。なので、イカリステリファームさんの除染技術が不可欠です。

BSL-4施設の除染

大本イカリS

多くの施設では除染に際してホルムアルデヒドガスを用いた燻蒸を行っていますが、長崎大学では二酸化塩素ガスを使っています。その理由を教えていただけますか?

黒﨑先生

BSL-4実験室特有の事情として、バイオセーフティやバイオセキュリティの観点からも、除染前は外部業者が実験室に入室することができません。従来のホルムアルデヒドガス燻蒸では、養生したり、燻蒸装置を設置したりするという作業自体がそもそも難しいという課題がありました。

さらに、海外ではホルムアルデヒドガスの規制が強まっており、代替手段として過酢酸過酸化水素なども検討されています。今後、日本でも規制が強まることは予想されますが、薬剤を変更するとなると、除染効果の再検証を行わなくてはいけません。そのために研究を止める必要が出てきてしまいます。

そこで、長崎大学のBSL-4施設ではより簡易で安全な方法として二酸化塩素ガスによる除染を採用しています。近年では、二酸化塩素の発生装置が大きく進歩し、部屋の外から安全にガスの注入を行えるようになっていますし、規制もありません。また、この施設では、年次点検に1~2か月を要します。実験を止めている時間を短くするという観点からも、二酸化塩素ガス燻蒸の工程の短さは大きなメリットです。

大本イカリS

除染業界でも、長い間ホルムアルデヒドガス燻蒸が主流でした。私が入社した30年前から、発がん性の課題から「いずれホルムアルデヒドガスに代わる方法へ移行する」と言われてきました。しかし、現場ではまだ主力として使われており、実際に新しい方法への切り替えはなかなか進みません。海外ではホルムアルデヒドガスの使用を制限する国もありますが、日本では古くから確立された方法を使い続けたい、あるいは変えたくないという施設も多いのが現状です。

黒﨑先生

例えばアメリカでも、ホルムアルデヒドガス燻蒸をしているところは依然として多いんですよね。残留物を水で洗うなど手間もかかっていて、それを私たちの施設でできるかというと難しいと感じました。

二酸化塩素に関しては、海外で除染実績が増えており、動物実験施設や製薬企業の大規模施設でも活用されています。国内でも理化学研究所、東京都健康長寿医療センターでも導入例が見られ、今後はより広く活用されることが期待されています。

※各除染方法の比較はこちらのページでもご紹介しています

社会から求められていること/
BSL-4施設での研究から期待できる成果

坂井イカリS

「社会がもっとこういうふうになったらいい」「もっとこういうことが理解されるといい」など、バイオセーフティの観点から今後の社会に求められることはなんだと思われますか?

黒﨑先生

繰り返しにはなりますが、過去に発見された病原体を理解することで次の発見につなげていくこと、将来のパンデミックに備えた研究を行うことの両方が重要であることを伝え、理解してもらうということが必要なのではないかなと思います。

大本イカリS

パンデミックが起こってから焦っても仕方がなくて、先んじて研究を進める必要があるということですよね。

黒﨑先生

そうですね。例えばがん研究。国民の半数ががんになると聞けば、がんは身近な病気、がん研究は身近な研究に感じられますが、感染症研究はそうではありません。

大本イカリS

感染症はコロナ禍で身近になったことで、人々の認識も変わった部分があると思います。

黒﨑先生

ワクチン開発など助かる部分があり、感染症研究というものが重要であるという認識が社会に浸透していくといいなと思います。

そういう中だからこそ、まず感染症研究に対して社会に安心してもらうことも重要ですし、大学の責務だと思います。研究を安全に進めるために、バイオセーフティというものがあり、研究者の間では安全管理が浸透しているんですよということを示すことが社会の安心につながると感じています。

陽圧防護服について

実験者は外部空気供給装置を備えた陽圧防護服(スーツ)を着用し、実験室に入る。スーツ内を陽圧に保つことで、室内の空気がスーツ内に流れ込まないようにして感染を防ぐ。国内メーカーと新たに共同開発したもので、バイオセーフティ実験室に合わせた国内初の陽圧防護服である。長崎大学では、作業者の体格に合うよう複数サイズを用意している。
エアロゾルによる曝露を防ぐため、病原体はバイオハザード対策用クラスⅡキャビネット内で取り扱われる。

今後の課題と展望

大本イカリS

今後の感染症研究やバイオセーフティ分野で、どのような課題や展望がありますか?

黒﨑先生

教育の観点からいえば、微生物の取扱いに関する基本原則はどのバイオセーフティレベルにおいても同じですが、「なぜこの手順が必要なのか」「異常が起きたときどう対応するか」といった判断力や実践力を教えることは容易ではありません。単に手順を知っているだけでは不十分で、バイオセーフティの根本的な考え方を理解した人材教育と育成が必要です。

また、コロナ禍においては、それまでタンパク質研究を専門にしていたような、まったくの別分野からの感染症研究に対する新規参入がありました。その際には、防護服の使用やリスク管理、施設運営など、専門的な助言が求められました。感染症リスクは目に見えず、問題が顕在化して初めて危険がわかるため、事前のリスク管理に対する理解が欠かせません。そのためには、各研究室の外部から助言する専門家や、組織的に管理できる責任者の関与も重要です。

とはいえ、日本の大学では、組織的管理がまだ十分でなく、研究室や教授に任せきりになることもあります。アメリカをはじめとする海外の国々では、バイオセーフティオフィサーという専門職が各機関におけるバイオセーフティを網羅的に管理運営し、バイオセーフティ上の課題や安全向上に必要な資金を上層部に助言しています。こうした仕組みを日本でも導入し、専門知識をもつ人材が組織全体の安全管理を統括することが必要だと思います。

今後は、国内外の感染症リスクに対応できる高度な専門家を育て、各大学や研究機関で組織的な安全管理を定着させることが、感染症研究とバイオセーフティを両立させ、社会の安心と未来への備えを支える重要な展望となっていくと思います。

<左から> イカリステリファーム 坂井 利夫、イカリステリファーム 大本 哲也、長崎大学 黒﨑 陽平 先生

おわりに

今回の取材を通して、バイオセーフティ施設における除染の重要性を改めて実感しました。ホルムアルデヒドガスから二酸化塩素ガスへの移行は、安全と効率を両立させる新たな時代の流れだと感じています。

国内最高峰のBSL-4施設の運営に携わる一企業として、イカリステリファームはその責任の重さを深く受け止めています。2026年1月に開設した福岡拠点を軸に、より迅速で丁寧な対応を心がけ、安全と信頼を支える挑戦を続けてまいります。

参考文献・画像提供

画像提供元
長崎大学 高度感染症研究センター

※記事内容は2026年3月現在のものです

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