SPECIAL INTERVIEW

【東北大学さまインタビュー】
どの施設でも起こり得る『蟯虫卵汚染』。
二酸化塩素ガス除染で再発ゼロを目指す取り組み

動物実験施設における環境清浄度の確保は、研究データの再現性と信頼性を担保するために不可欠です。しかし、その除染方法や重要性は一般に広く知られていません。

本記事では、東北大学が改修時に直面した課題と、株式会社イカリステリファーム(以下、イカリS)が提供した二酸化塩素ガス燻蒸などの最新技術の活用、およびその後の施設管理の工夫について、深く掘り下げてお話を伺いました。

対談者

三好 一郎 先生

東北大学大学院医学系研究科 特任教授
附属動物実験施設 副施設長
獣医学博士 実験動物医学専門医

原田 伸彦 先生

東北大学大学院医学系研究科 
附属動物実験施設 講師
医学博士 実験動物医学専門医

大本 哲也

株式会社イカリステリファーム
常務取締役

宮地 達智

株式会社イカリステリファーム
セールスチームマネージャー

動物実験における「除染」の根本的な重要性

大本イカリS

2022年10月〜2023年3月、当社にて動物実験施設の除染を担当させていただきました。まずは、施設における除染が果たしている役割やその重要性についてお聞かせください。

原田先生

では、動物実験で用いている動物のことからお話ししていきましょうか。現在、多くの動物実験施設では、げっ歯類のマウスやラットで「SPF(Specific Pathogen Free)=特定の病原体を持たない」という極めて清浄な状態で飼育された動物が好まれ、よく使われています。

SPFがもっとも使われている理由は、動物実験では「実験結果の再現性の低さ」が課題になるためです。もし施設に持ち込まれた動物が病気を持っていたり、環境が汚染されていたりすると、実験結果が変わってしまいます。実験のたびに結果が変わってしまっては信憑性が損なわれてしまいますから、清浄な動物を用いて清浄な施設で実験を行うのが基本中の基本になります。

大本イカリS

なるほど。動物実験においては再現性がカギになるのですね。では実験の再現性を高めるために、具体的にどのようなことをされているのでしょうか?

三好先生

動物の健康状態や飼育環境は実験結果を左右する因子として精度や再現性に大きく影響を及ぼします。そのため、動物の持つ病原性微生物等の不安定な要素を極力排除することが必要不可欠です。

宮地イカリS

そこで、除染が出てくるというわけですか?

三好先生

はい、その通りです。施設における「除染」は、単なる清掃作業ではなく、研究の科学的信頼性を担保する基盤そのものといっても過言ではありません。不安定な要素を極力排除し、高い清浄度を維持することこそが、信頼性の高い研究成果、すなわち再現性の確保につながると考えています。

原田先生

動物実験施設は、常に汚染のリスクと隣り合わせの環境といえます。一度汚染が発生すれば場合によっては広がり、数か月、ときには数年にわたる研究が水泡に帰す可能性もあるというわけです。そのため、動物実験における「クリーンな状態(SPF状態)」を基本的なスタート地点とし、施設環境を365日24時間、クリーンに保つ必要があります。

大本イカリS

動物実験施設における除染が、研究データの精度を大きく左右するほど、重要な役割を果たしているとお聞きして、大変驚きました。除染に携わる当社の従業員が直接お話を聞いたら、大きなやりがいを感じると思います。

なぜ「蟯虫(ぎょうちゅう)」除染が
全面改修の際の課題となったのか?

宮地イカリS

動物実験施設の改修工事に際し、東北大学では「飼育ラック洗浄」「二酸化塩素ガス除染」「過酢酸系除菌剤DF除染」「CT装置等のホルムアルデヒドガス除染」という4項目を実施させていただきました。これらの除染方法を採用された理由を詳しく教えていただけますか?

三好先生

当時、改修工事に伴う重要な問題のひとつは施設内に蔓延していた蟯虫(ぎょうちゅう)でした。私は専門家ではございませんが、寄生虫の除染の観点から言うと、薬剤による駆虫だけでなく、飼育機材から水でじゃぶじゃぶ洗い流すという物理的除去がもっとも重要なんです。

大本イカリS

蟯虫卵対策が除染の大きな命題だったのですね。

三好先生

はい。蟯虫は虫体自体の問題もありますが、卵として生存してしまうという課題を抱えていました。蟯虫の卵は、硬い殻に守られているため非常に抵抗性が高いことから環境中に残存しやすく、駆虫剤だけでは対策が難しいのです。改修工事では、再稼働時に以前使用していた(即ち、汚染した)飼育設備や機材を利用することから、それらを介して蟯虫卵等が持ち込まれる可能性を排除するために徹底的な除染が必須だったんです。

実は、この問題は東北大学だけでなく、他の機関でも同様の事例が報告されています。多くの施設で、薬剤による駆虫だけでは不十分で、飼育機器・機材の徹底的な除染が必要だということが明らかになってきています。

原田先生

付け加えると、この問題の厄介さは、たとえ宿主である動物をすべて施設外に出したとしても、蟯虫卵が環境中に残り続け、新たに搬入されたクリーンな動物に再感染を引き起こす点にあります。ですから、元凶ともいえる蟯虫卵の根絶が必要不可欠だと考えました。

大本イカリS

除染方法の選択については、どのように検討されたのでしょうか?

三好先生

除染方法については、これまではホルムアルデヒドガス燻蒸がスタンダードでしたが、これは人に対して安全性が低いという大きな課題があります。ホルムアルデヒドは発がん性物質ともいわれています。私たちは、蟯虫卵に対して効果が高く、かつ人に対する安全性が高い方法を探していました。

宮地イカリS

二酸化塩素ガス除染は、蟯虫卵対策として有効であるという海外の論文のエビデンスがあったと伺っております。

※詳細は文末の参考文献をご参照ください

三好先生

そうです。ホルムアルデヒドガスでも蟯虫卵を90〜95%は不活化できますが、100%ではありません。一方、アメリカの論文で、二酸化塩素ガスを360ppmの濃度で4時間処理すれば、蟯虫卵を100%不活化できたという報告が出ていたのです。二酸化塩素ガスは、安全性が高く、効果も高いため、今回採用することにしました。

大本イカリS

二酸化塩素ガスは、ホルムアルデヒドガスに比べて燻蒸にかかる日数が短く(ホルムアルデヒドガスは2~3日かかるのに対し、こちらは1日で済む)、施設の停止期間の短縮にも貢献できますから、稼働のストップを抑えられる点でも良い選択肢であったと思います。

飼育ラック洗浄の徹底と高額機器への対応

原田先生

蟯虫卵対策として、水洗いによる物理的な清掃を徹底することも不可欠でした。百数十台あった飼育ラックからマウスを移動して、すべての部品を外してホースで水洗いをし、背面を開けられるラックはすべて開いて中のチリやホコリを落とすという、気の遠くなるほど大変な作業をしていただきました。特に、使用していた一方向気流のラックは非常に精度が高く、いつ見ても新品のようなステンレス製の部品でできています。これらを一つひとつ分解して洗浄するのは、本当に大変な苦労だったと思います。

宮地イカリS

背面が固定されていて開けられない構造のラックがありましたが、ちょうどそのときに、先ほどもお話にあがった蟯虫卵を燻蒸した論文に目を通していたため、その濃度を参考に対処することができました。一部のパーツは廃棄したものもありました。意外に部品数も多く、最初は勝手がわからないので時間もかかっていましたが、毎日その作業ばかりやっていると慣れてきて、後半はだんだん作業スピードが上がっていったと思います。

三好先生

本当に大変だったかと思います。ご苦労があったと思います。ありがとうございました。

原田先生

一方で、CT装置などの高額な共通機器については、ホルムアルデヒドガス除染を選択しました。実は、二酸化塩素ガスのような酸化剤を使用する場合やホルムアルデヒドガスでは、いずれの方法も精密機器のメーカー側には腐食リスクを考慮して保証できないと言われました。

しかし、除染しない選択肢はなかったため、不具合が発生した場合のリスクの最小限化を考慮し、精密機器に対しては比較的侵襲性が低いと言われるホルムアルデヒドガスによる方法を選びました。

宮地イカリS

精密機器は、ホルムアルデヒドによるタンパク変性作用であれば比較的影響が少なく、リスクがあるとすれば温度が下がったときにレンズにホルムアルデヒドが固着して白くくもって見えにくくなることが考えられました。ですから、内部にレンズがあるようなものに関しては外すか保護すればより安全に作業ができるのではないか?など、さまざまな仮説を立てて進めていきました。

大本イカリS

でも、絶対に大丈夫とは言えませんでした。あらゆる装置を燻蒸したわけではないので、保証ができないですからね。

三好先生

他に選択肢がなく、誰も担保できない状態で、でもエイヤっと進めなければいけませんでしたからね。

宮地イカリS

前例のない除染だったため、これまでの当社の知見を駆使しつつ提案させていただき、手探りでの作業も多くありました。ですが、三好先生が要所要所で判断を下していただけたので、作業する側としても滞りなく進められました。施主様が言ってくださるとこちら側は本当にありがたいです。

三好先生

時間もお金もかかることをやっていただいているので、こちらもリスクをとってやらないとバランスがとれないですからね。

運用再開後の管理・運用の工夫

宮地イカリS

動物実験施設の徹底的な除染後、運用を再開されていますが、その後、蟯虫は出ていませんか?

三好先生

徹底した除染作業のおかげで、運用から1年が経過しても定期検査で「蟯虫の感染はない」ことを確認しており、3年ほど経過した今も問題なく運用できていると手応えを感じています。

宮地イカリS

今から何か起こっても当社の不備ではないですよね(苦笑)。

三好先生

そうですね(笑)。しかし、蟯虫(卵)は外から持ち込まれる可能性があることから、運用を続けるかぎり、再発のリスクはあるので油断はできないと考えています。定期的なモニタリングを継続し、長期安定運用につなげることが大切ですね。

大本イカリS

実際の運用で苦労されている点や課題は何かありますか?利用者への周知などは大変でしたか?

原田先生

はい、除染後の運用において新しいルールを策定し、利用者への周知徹底に努めましたね。「あれだけ時間とお金をかけてきれいにしたので、絶対に汚染を持ち込まない」という理解は、幸いにも皆様から得られました。

三好先生

大きく変えた点としては、動線の変更です。人や使用前後の飼育機材が交差する動線を改善し、汚染の施設への持ち込みを減らすことができました。ルールが厳しすぎると利用者が離れてしまうため、シンプルかつ清浄度を担保できるルールを目指しています。

また、感染症を持ち込まないように、未使用の機材や、メーカーでオーバーホールしてキレイにしてもらった機材を使う努力も続けています。

コストと効率性の追求

大本イカリS

大学運営上、除染作業にはコストがかかるため、費用対効果を意識し、もっとも効果の高い方法を選択する必要があるという点も課題ではないでしょうか。

三好先生

その通りです。大きなコストをかけられないという現実がある中で、水洗いなど基本の対策を徹底しつつ、もっとも効果を上げられる除染方法を選ぶという判断をしました。改修工事自体、日数もお金もかかるため、できるだけムダがないよう、動物の全頭搬出や飼育機器・機材の移動を伴う徹底した除染を一度で終わらせる形が理想的です。

動物実験施設除染の社会的な意義と展望

宮地イカリS

実験動物を取り巻く環境は、近年大きく変化していると思いますが、社会にもっと理解してもらいたい点は何でしょうか。

三好先生

動物実験は、人だけでなく動物の命に関わる病気の研究や医薬品の開発に不可欠です。これらの研究の成果は、私たちが難病や感染症の世界的な大流行を克服するための診断・治療法の開発や、手術などの医療技術の進歩につながる基盤となっています。しかし、日本の創薬開発は現在、世界的に見ても強い立場にありません。新しい薬の開発が困難な現状があり、新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックが起こったときのタイムリーな対応にも苦慮しています。こうした課題を克服するためにも、動物実験の基盤をしっかりと維持・発展させ研究開発を強化推進していく必要があります。

原田先生

東北大学では、動物福祉に基づき、動物実験委員会の審査や外部検証を受け、使用動物数や飼育状況など、動物実験に関する情報をすべて公開しています。実験動物を取り巻く環境は、昔と比べて厳格なルールと動物福祉の考え方(日本のやり方では自主管理と外部検証を重視)が浸透し、大きく変化しています。

新しい除染技術への期待

三好先生

やはり、安全性が高く、より良い効果が得られる新しい技術が開発されることを強く望んでいます。現在の滅菌・除染技術には、オートクレーブやホルムアルデヒドなど、人への影響やコスト、手間がかかる課題が残っています。

大本イカリS

当社では、二酸化塩素ガス除染ができる小型の除染ボックスを開発中です。1〜2立方メートルのサイズの箱で、物を入れてスイッチを押せば除染が完了し、クリーンな状態で持ち込めるものです。

三好先生

それは現場にとって非常に効率的で素晴らしい取り組みです。人件費が高くなり、コストがネックとなって除染が実施できないケースもある中で、施設内で機材の除染を簡便に行えるようになれば、大きな助けになります。

研究の未来と動物福祉

三好先生

AIなどが発達しても、生身の動物を使った実験は引き続き重要な研究分野です。ただし、動物の数を減らす方向(代替法、または3Rs原則:Replacement・Reduction・Refinement)は進むでしょう。私たちは、新しい制約があっても、工夫して社会に認めていただけるより良い方法を探し、必要とされる研究を継続していくというスタンスで臨んでいます。アカデミアとして、社会から付託された研究を続けていく使命があります。ただし、ビジネスとしても継続できなければ意味がありません。投資してくれる人たちの理解と、社会の成熟、また、それを促す私どもの積極的な働きかけが必要です。

原田先生

動物実験施設の現場では、実験の再現性を上げるために、微生物学的環境をどうコントロールしていくかという視点も重要になってきています。動物実験には多くの課題が残されていますが、私たちは社会の理解を得る努力を続けながら、倫理的かつ科学的に正しい実験方法で、研究を続けていく使命があります。動物実験について、その必要性と重要性を理解してもらうためには、私たち研究者側からの情報発信がまだまだ不足しているのかもしれません。研究にいそしむことが本業ではありますが、より積極的な対話が必要だと考えています。

<左から> イカリステリファーム 宮地 達智、東北大学 三好 一郎 先生、東北大学 原田 伸彦 先生、イカリステリファーム 大本 哲也

おわりに

東北大学の動物実験施設改修における徹底的な除染作業は、単なる清掃ではなく、日本の生命科学研究の基盤を支える重要な取り組みでした。二酸化塩素ガスによる新しい除染技術の採用、物理的洗浄の徹底、そして改修後の継続的な管理体制の構築は、他施設にとっても貴重なモデルケースとなっています。

動物実験は、私たちの健康と医療の発展に欠かせない基盤であることは疑いようがないが、その実施には動物福祉的な配慮がなされていることは十分に理解されていません。研究の信頼性を支える除染技術の進歩と、次世代を担う人材育成、そして社会との対話を通じて、この分野がさらに発展していくことが期待されます。

参考文献

掲載誌
Journal of the American Association for Laboratory Animal Science(JAALAS)
巻号・発行年
Volume 53, Issue 4, July 2014, pp.364–367
論文タイトル
Exposure to Chlorine Dioxide Gas for 4 Hours Renders Syphacia Ova Nonviable(和訳:二酸化塩素ガス4時間曝露により Syphacia 属卵は不活化される)
著者
Jane A. Czarra, Joleen K. Adams, Christopher L. Carter, William A. Hill, Patricia N. Coan
公開情報
PubMed Central(PMC)全文公開
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4113235/